四月に嘘を、
「白石なんか好きとちゃうしっ!別に期待とかっ、してへんかったし!」
言い捨てて受話器を叩きつけるように通話を切った。
はー、と長い息を吐いて、ふと我に返る。
怒りが一気に引くと今度は悲しくなってきた。
「白石の、アホ!」
じわ、と浮いてきた涙を思い切り拭って毒づく。
事の発端はつい5分ほど前にかかってきた白石からの電話だ。
何の用件であるかは昨日の晩から予想がついていたし、金太郎はわくわく
しながら電話に出た。
そこまでは良かったのだが、問題は白石が地雷を踏み抜いたことにある。
(何が、「金ちゃんの誕生日忘れてて」や!アホちゃう!)
4月1日。
世間一般で言う、エイプリル・フール。
「ワイの誕生日忘れるとか、絶対ないくせにっ!」
白石に限ってそれはない。確実にない。
その程度には白石に好かれている自信が金太郎にはある。
あるのだが。
もし嘘だと思っていたことが本当だったら。
本当に誕生日が忘れられていたとしたら、ものすごく寂しい。
エイプリル・フールの怖いところだ。
嘘に本当が紛れていたら、どうすればいいのだろう。
「しかもかけなおしてこーへんし…」
未練がましく電話の前に立ったまま待っているのに、謝りの電話もない。
はぁ、とため息をつくと金太郎はそのまましゃがみこんだ。
それでも電話の前を離れられない。
5分、10分と経っても電話は鳴る気配もない。
アホみたいや、とつぶやく。
どうして誕生日にこんな思いをしなければならないのだろう。
去年は白石が遊園地に連れて行ってくれた。楽しかった。
(来年も俺にお祝いさせてなとか、言ったくせに)
悪ノリ、悪ふざけが過ぎる四天宝寺中テニス部では、エイプリルフールなんて
格好のお祭り騒ぎの対象である。
よって、「4月1日は練習休み!」とずっと前の監督が押し通したらしい。
現在監督であるオサムは、先任の監督のやり方を特に踏襲してはいなかったが、
そこだけはきっちり「伝統やから」と認めている。
なので「練習休みたい」などと駄々をこねなくても良かったのは助かった。
しかし、次に問題が発生した。
金太郎の後輩たちが「金ちゃんの誕生日お祝いさせてーや!」と騒ぎ出した
のだ。
ごめんと断るのは非常に骨が折れた。
基本的に人から好かれやすい金太郎である。後輩ともなると、押しの強さも
半端なかった。
金太郎からすれば今日は「勝ち取った」休みなのだ。
なのに。
「白石のうそつき」
つぶやくのと、インターホンが鳴るのとは同時だった。
居留守を使おうかな、とも一瞬思った。
玄関まで行く元気が今はない。
きっと情けない顔もしている。
けれど、宅配便なら受け取っておかなければ母親があとで困るかもしれない。
幸い、人に見られて困るようなだらしのない格好ではなかったし(白石の
誘いを見越して着替えていたというのが悔しい)金太郎は重い腰を上げた。
もう一度インターホンが鳴った。
「はーい!」
イラチな配達屋さんやなぁ、と引き戸を開ける。
目の前にたこ焼きが突き出された。
すぐにたこ焼きと知れたのはおいしそうな匂いと、見覚えのあるロゴが
ビニル袋に入っていたからだ。
「なんこれ」
固まったままでいると左手を取られてビニル袋を持たされる。
そのまま後ろに押されて、頼みもしないたこ焼きを配達してきた者が
玄関まで入ってきた。
引き戸が閉まる。
「ごめん、金ちゃん。ごめんごめんごめん!堪忍や!」
白石はそのまま頭を下げてごめんと堪忍を繰り返した。
「全部嘘や!金ちゃんの誕生日、俺が忘れるわけない!」
「…そんなん、知ってる。分かってる」
疑ってしまった後ろめたさでくちびるをとがらせながらそう言うと、白石が
顔を上げた。
うわ、と金太郎は声に出してしまうところだった。
くしゃりと歪められた顔は、まったく白石らしくない。
テニスの試合中でも、何か問題が起こったとしても、白石はどこまでも冷静だ。
自分も物事も客観的に見れるからかしっかりと「自分」を保つことが出来る。
そんな白石が、たかがエイプリルフールの嘘の撤回のためだけに必死になって
いる。
その「たかが」に本気でしょげていたことはこの際置いておくことにして。
「じゃあ、嘘やって言うて。俺のこと好きちゃうって、期待とかしてへんかった
って言うたん、嘘やって!」
「エイプリルフールやもん。嘘に決まってるやろ」
金太郎はつんと澄ました顔で言ってのけたものの、もう一度白石の顔を
見上げると、ふにゃりと目元を緩めた。
手に持ったままのビニル袋を床に下ろす。
大好きなたこ焼きを食べもせず床に置くなんて、普段の金太郎からすれば
言語道断の行いだが、今だけは特別だ。
「そんな情けない顔せんときや、白石」
両手で白石の顔に触れてむいむいと引っ張った。
彼は抵抗せずされるがままだ。
飽きてきた金太郎は手を離した。そのまま頭の後ろで手を組んで白石を見上げる。
なぁ、と呼びかけた。
「今年は、どこ連れてってくれるん」
「金ちゃんが行きたいとこ、どこでもええよ」
「………」
「去年の遊園地行く?新しくできたエリアに空飛ぶスヌのアトラクションできた
から」
「………」
「ちょっと遠出して京都まで桜見に行くんもええかなぁ。ケーキたんと買うて。
金ちゃんは?どこ行きたい?」
「………っど」
「ん?」
「ベッド!」
白石が息を呑む音が聞こえるようだった。
死ぬほど恥ずかしい。
でもここで俯いてしまっては、恥じ入っていますと言っているようなものだ。
金太郎は歯をぐっと噛んで力を入れると白石を睨みつけた。
つもり、だった。
白石からどういう風に見えているかは、まだ金太郎には分からない。
「ちょ、も……金ちゃん、あかん。それは反則やろ。どこでそんな誘い方覚えて…
ああもう」
子どもや子どもや思とったのになぁ。
「ワイ、もう14才になんねんで!」
(子どもやん。早生まれやもんなぁ…)
しかしそれを指摘してしまうと金太郎はへそを曲げてしまいそうだ。
せやな、と言いながら、去年とさして身長も体重も変わらない金太郎を易々と
抱え上げて白石は笑った。
「もうエイプリルフールごっこは終わりや。今日は金ちゃんの誕生日やもんな」
「うん」
「だから、さっきのベッドは嘘とかもうナシな。取り消しは受け付けへんし。
たこ焼きも後からな。出掛けんのは昼からにしよな」
「……ほんま、白石って一言多いわ。それが余計やねん。ムダやねん!」
「俺にとっては無駄ちゃうからええの」
にこにこと機嫌良さそうに、しゃあしゃあと言ってのける白石の顔を先ほどより
きつめにつねってやる。
痛そうな顔を作ればまだ可愛げもあるのに、白石はうれしそうに微笑んだままだ。
「さっきまでめっちゃ情けない顔してたんどこのどいつや」
にくまれ口をたたく金太郎のくちびるに軽くキスして、白石が笑う。
笑んだくちびるが、誕生日おめでとう、とささやいた。
君には愛を
───
金ちゃん、お誕生日おめでとう!
タイトルはずかしい!
20120401