謙也にそのことを指摘された時、不意打ちだったこともあって白石は
うまく表情を作れなかった。
しかし幸いなことに不審に思う者は誰もおらず、白石の顔が強張ったのは
図星をつかれたせいでその指摘が的を得ていたからだと納得されたらしい。
「だってまぁそりゃ、金太郎だって毒手毒手で脅してくる部長よりも
やさしくしてくれる謙也さんとか副部長の方が好きでしょうね」
にやにやしながら財前。
えー、俺は、俺はー?と悲しそうに騒いでいるのは千歳だ。心配せんでも
おまえも好かれとるよ、と謙也が取り成している。
「部長、乙っすわ」
「蔵リン、元気出して!ファイトー!」
「いっぱぁーーーつ!白石!」
どっ、と沸きに沸いた笑いの渦で、白石はせいぜい悲しそうに見えるように
ため息をついてみせた。
謙也が「最近白石、金ちゃんと一緒におらへんなぁ」と言ったのがそもそもの
きっかけだった。
四天宝寺中学テニス部では、部長とゴンタクレは常にセット扱いされている。
自分の興味の引かれたものにふらふらどころかわっと直行してしまう金太郎を
抑えられるのは白石だけ。
そんな二人が最近一緒にいない、どうも金太郎が白石を避けているようだ、と
ここまで話が進み、「白石は金太郎に嫌われているのではないか」などと揶揄
されたのだ。
当の金太郎がその場にいないことも手伝って(珍しく寝坊で朝練に来なかった)
さんざんからかわれた。
白石が金太郎を買っており、かつ甘やかしているのは周知の事実だったので
「うわー、白石報われへんな!」…そして冒頭へ戻る。
(好きなように言えや)
金太郎に嫌われてなどいない。
なぜなら、誰にも秘密で白石と金太郎はお付き合いを始めているからだ。
断っておくと、白石の妄想ではなくれっきとした事実である。
偏見すら笑いにかえる四天宝寺中学とはいえ、公にできる事柄ではない。
もうひとつ言うと、同じネタは同じところに二ついらないのだ。
だから意図的に距離を取っていたのだが、こうも逆にとらえられるとは
思わなかった。
隠しているのだから、好都合と言えば好都合ではある。
ただ、避けられているのは悲しいかな事実だったので顔が強張った。
(くそー毒手ぅぅ…!!)
軽く触れるだけのキスから、舌を差し込むようなちょっとやらしいキスを
するようになった頃、金太郎が左手を嫌がるようになったのだ。
付き合って手をつないでキスをして、そしてその先の展開まであと少し。
そこでまさかの待ったであった。
全国大会が終わったとは言え、まだ部活動は続いている。
まだ未確定の部分は多いが、素質のある中学生をあつめての選抜テニス
合宿の話もある。
付き合うようになったとは言え、金太郎のゴンタクレ具合は健在だ。
ここで毒手は嘘でしたー、とカムアウトするのはリスクが高すぎる。
奔放さに磨きがかかって手が付けられなくなっても困るし、白石の嘘つきと
嫌われたらもっと困る。
はぁ、と今度こそ本当に白石はため息をついた。
笑い話にちょうどいいな、と思ったこともあって、昼休み一緒にお弁当を
食べながら白石は金太郎にその話をした。
朝練に来なかったことを注意するためというのは口実に過ぎなかったので
その話は脇に置いておく。
周りに人はいない。
いや、いるにはいる。
昼休みの屋上、というものはよほどの出不精でない限り学生にとって良い
ランチスポットだ。
今日も何人か、屋上でお弁当を広げてわいわい楽しくやっているが、喧騒は
遠い。
大きな給水タンクがいくつかフェンスに囲まれており、二人がいるのはその
フェンス内だ。無論立ち入り禁止なのだが、恋の障害にはなるには低すぎる。
大きなおにぎりが見る間に小さくなっていく。
ミニトマトを口に放り込んでから、うわぁレバー嫌や、白石あげる!と
串つきのレバーを白石の弁当箱に勝手に入れた。
おかーさん、焼き鳥入れたでとか言ってたくせに、と文句を言っている。
黙って聞いてやりながら、から揚げを差し出すと文句を止めてうれしそうな
顔で口を開いた。
「んんんー」
「食べてから言いなさい」
おいしー、と言ったのは分かったし、口をもごもごさせているのも可愛い
けれど、マナーは大事だ。
金太郎はごくんと嚥下したあと、口を開いた。
今度は食べるためではなく、ものを言うためだ。
「言い返せば良かったやん」
さて、何に対するセリフなのか。
白石は瞬間頭をめぐらせ、先ほどの笑い話であると気づいた。
「金ちゃん、話聞いてたか?俺はバレんように思って黙って悲しそうな顔
しとってんで」
「バレるバレへんて、そんな悪いことしてるみたいに言わんでもいいやん」
「悪いことっつーか、恥ずかしいやろ」
金太郎はますますきょとんとした顔をした。
大きくて丸い目が、どこまでも純粋そうに輝いている。
「ワイは白石といっしょにおるん、恥ずかしいって思ったことないで」
「え、っと、な。そういうことじゃなくて、な」
世間一般的に、とか、常識的に考えて、とか。
そういう意味なのだが。
「だって、好きやもん。あかんの?」
金太郎の瞳はいつもキラキラ輝いている。
ああ、眩しい!
白石は目を細めた。
彼のこういうところがたまらない。
思わず手を伸ばした。
右手だったのはもう条件反射で、左の手は大人しくさせておく。
なめらかな頬を撫でて顔を寄せると、照れた顔をした金太郎が大きすぎる
目をまぶたで覆った。
「こ、こういうのは、恥ずかしいけど」
顔をうつむかせながら恥ずかしそうに言う金太郎が可愛すぎる。
口角を上げた白石は、恥ずかしがらんでええやん、などと言いながら
またくちびるを重ねた。
左手が悪さをしないように握りこんだまま。
花に嵐、恋に毒
───
好きなのに手を出せない、って好きなシチュエーションです。
20120324