喧嘩の後




 白石が荒れている。
 いや、荒れているというか、荒ぶっている。
 ああ、なんでこんな時に図書館で勉強しようやなんて誘ってしまったんや
 オレのアホ。
 なんでこんな時期にある中間テスト!アホー!
 ユウジと小春が「ちょっとヤボ用で…」と断りのメールを入れてきたのは
 白石の荒れようをちゃんと理解してたからかー。
 師範も健ちゃんも「少し用事が…」と断ってきた時点で気づくべきやった。

 やられた。

 ちなみに千歳はふらっとどこかへ旅に出とる。さすがに高校は出席日数が
 中学よりシビアやから気をつけさせたほうがええな。今度言うとこ。


「おい、白石…」

「ああ?!なんやねん」


 ドスの聞いた声で俺を睨みつける白石には、中学生当時の部長だった頃の
 穏やかでバイブルな面影はまったく見当たらない。
 あれ、お前ってタレ目やったよな?
 なんでそんなつり目になってんの?


「やかまし、ハゲろやボケ」


 ハゲへんわ!脱色しとるからいうてそんなこと言うなや!
 わめいたのは心の中でだけ。凶悪な眼差しに睨みつけられて、オレは怯むしかない。
 あの目に睨みつけられてる問題集もかわいそうや。

 うぅ、言い返したい!
 でも言い返したらもっときっつい言葉が投げつけられるのであろうと思えば
 口答えする気も失せる。
 負けが見えてる勝負ほど退屈なもんはないのでオレは口をとざした。

 それでも、黙ったまま負けるというもの癪っちゅー話や。
 大体にして白石がここまで荒ぶるなんて、原因はひとつしか思いつかない。


「なんやねん、金ちゃんとケンカでもしたんか」


 びしっ、と白石の顔が凶悪なまま固まった。
 おいほんまその顔やめた方がいいで。
 ここ一週間ほどすこぶる機嫌が悪い白石に、運悪く話しかけんとあかんようになった
 女子(プリント回したりとか)があまりの冷たい態度と顔と言葉に半泣きになった
 くらいやねんから。
 もとの造作が整っているあまり、白石が冷たい態度を取るととことんまで冷酷に
 見える。王子様みたいな外見が仇になるわけやなー。
 中学校から白石はモテにモテていたから、うらやましいやっちゃと思ったことが
 何度もあるけど、行き過ぎるとやっぱあかんねんな。
 俺くらいがたぶんちょうどいいで。
 ちなみに半泣きになった女子の、そのフォローはオレ!オレ、エライ!
 あの子、オレのこと好きにならへんかな。
 ま、とりあえず白石が正気に戻ったらがぜんそのフォローの貸しを返してもらう
 つもりやけど。


「ケンカちゃう」

「じゃあお前が一方的に怒っとんのか」

「別に怒ってへん」

「はよ仲直りせぇや。お前の方が年上なんやから、折れたればええやん」

「年上やからって俺がいつも折れなあかんのか」


 むすっとした顔で白石がぶーたれる。
 お前それなぁ、ケンカしましたって白状してるようなもんやぞ。
 しかしあのお子様金ちゃんとケンカってなんやねん。どうせつまらんこと
 なんやろうなぁ。
 あーほんまつまらん。
 付き合いはじめて2ヶ月目の痴話喧嘩なんて犬もくわへん。
 でも、なー。
 白石が、金ちゃんが金ちゃんが、と盛大にノロけてくるのを見てると「あー
 オレも彼女欲しいなー」と思ってしまうのも事実。
 ようするにちょっとうらやましいんやな、俺は。


「そうやいつもいつもいっつも折れたれ。年上の余裕見せ付けたれ。あのな、
 相手は金ちゃんやねんぞ。常識なんて通用せんぞ。早いとこ謝っとかな
 あの子の中で白石とは別れてましたー、とかありえるで」

「……でも俺悪ないで」


 うわ、別れられてたらどうしよ!という顔になった白石はしかし、さらに
 ごねてみせる。
 付き合うと似てくるっていうけど、白石もゴンタになりつつあるな。
 もういいっちゅーねん。
 ほんまは自分から折れたて折れたてしゃーないくせに。
 機嫌悪くしてんのだって、金ちゃんに会えへんからやろ。ほんまアホやこいつ。
 自分を正当化するのに後押しが欲しいってどんだけアホや。
 テニスにおいては聖書だのエクスタシーだの、完璧こそよしとする白石が、
 恋をするとここまでアホになれるんやなぁとちょっと感心する。
 しかも相手金ちゃんやで。アホちゃう。…っていうのは金ちゃんに失礼か。


「悪なくても謝ったれや」

「…分かった」


 憮然とした顔でしぶしぶ承諾の意を示したくせに、すぐに右手の腕時計を
 気にしだす。
 なんや、すぐにでもあの子のとこに行きたいんやん。
 そんなこと分かってるけどな。なんにせよこいつは金ちゃんにベタ惚れや。


「今日はフリー練習やで。もうしばらく無理ちゃうか」

「そんなこと分かっとるんじゃハゲ」


 ハゲろ、からついにハゲになった。
 関西では別にハゲてなくてもハゲって言うくらいポピュラーな罵りの言葉
 なんやけど、脱色づくしで髪を傷めているオレにとってはかなり突き刺さる。

 もうええ、ハゲたらお前の呪いってことで一生恨んだるからな!
 そんでお前もハゲさせたる!ハゲて金ちゃんに嫌われろ!
 お前のとりえなんぞ顔だけやろ。


「ハゲたくらいで金ちゃんは俺のこと嫌いになりませんー」


 ドヤァっ…と効果音が聞こえてきそうなドヤ顔で白石が言った。
 む、むかつく。
 でもまぁ確かに…あの子外見とかほんま頓着なさそうやし、ハゲたところで
 気にせぇへんねやろなー。
 …じゃあ一体金ちゃんはこのアホのどこが好きなんや。
 このアホに顔以外で好きになる要素あるか?


「おい、なんか失礼なこと考えとるやろお前」


 マジでハゲる薬とか作ってお前に飲ませんぞ。

 にこりともせずに言い切った白石が怖い。
 できそうですもんね、お前。
 得意科目は化学、毒草の知識は200種…できそうマジできそう怖い!


「すみませんでした」


 ぺこりと謝ると、またにこりともせず、分かったならええ、と白石が言った。
 あーもうこいつ金ちゃんのことしか考えてへんわ。


「あーあ、俺も恋したいわぁ」


 お前みたいな、とは言わなかった。







───

 白金+謙也は大好物な組み合わせです。
 四天宝寺テニス部3年生が全員いっしょの高校に行ってくれたらいいなぁという
 願いもこめて。


20111215