金太郎のテニスは無茶苦茶で自由奔放だ。
 まるで彼自身のように。
 持ち前の飛びぬけた運動神経で、常人には決してできないであろう動きで。
 コートを文字通り縦横無尽に駆ける金太郎はいつも楽しそうだ。
 小さな体を目一杯使って躍動する。
 彼のプレイは清々しさと力まかせの無邪気さを持っている。
 そして白石はそんな金太郎を少しの羨望を持って見つめるのだ。


(あれでも我慢してるんやろうなあ)


 フェンスに寄りかかって試合形式での打ち合いを見ながらそう思う。
 何しろ次元が違いすぎて相手にならない相手が多すぎる。
 かくいう白石も正攻法で金太郎に勝てる気がしないのが事実だ。


(完璧や聖書や言われても、裏を返せばつまらんテニスやからな)


 あいつのテニスは機械みたいや、と言われたのを聞いたことがある。
 ふぅん、と思っただけだった。
 好きなように言えや、と思った。
 だって勝ちたいのだ。
 何を置いても、どんなテニスをしても勝ちたい。
 そして自分自身の「勝てるテニス」は基本と基礎を押さえたテニス。
 つまらない、機械のようと揶揄されるのも当然だ。
 何しろ突出した才能がない分、努力で補うしかない。
 練習、練習。
 反復練習の繰り返し。
 辛くはない。つまらなくもない。
 勝利の味に比べたら些細なことだ。


(つまらなくて結構。機械みたいでも勝てたらそれでええ)


 そのつまらん俺に勝てへんやつらに何を言われても痛くも痒くもない。

 勝てなければ楽しくなんかないのだ。
 負けて負けて、負けて。
 それでも楽しいなんて、おそらく自分は言えない。


(あの子は、言えるんやろうなぁ)


 たとえ負けても自分自身が納得できる。素直に負けを認められる。
 だからきっと負けても「テニスが楽しい」「テニスが好きや」と言うの
 だろう。
 そんな金太郎が、白石は少し羨ましい。
 自分のテニスを持っている、金太郎が。


「よっしゃー、ワイの勝ちやぁ!」


 金太郎のネット越しにユウジがふぅと息をついている。
 スコアは6-3。
 手元のバインダーにスコアを書き込む。


「ユウジー、白石のモノマネはずっこいで」


 ぶーぶーとくちびるをとがらせながら金太郎がコートから出てくる。
 白石の姿をフェンスの際に認めるとうれしそうに駆け寄ってきた。


「勝ったで!」

「見てたよ。金ちゃん笑いすぎやで」


 からかうと、金太郎はほっぺたをふくらませる。
 その拍子に頬をつつと伝った汗が細いあごからぽつりと落ちた。


「だってポイント取られてんのにえくすたしーぃ!とか言うんやもん。全然
 白石のテニスとちゃう」

「ユウジのモノマネはようできとるんやけどなぁ。笑わせんのが生きがいみたいな
 とこあるしな」

「でもやっぱり白石の…うーん、美術で聞いたんやけど…えーと、きのーび?は
 マネできてへんな!」

「え、何?きのーび?」

「白石知らんの?きのーび!」


 きのーび、とはもしかして機能美のことなのだろうか。
 だとしたら驚きである。
 金ちゃん、機能美なんて単語知ってたんや。
 むしろ金太郎の口から「美」なんて言葉が出てくるとは!


「金ちゃん、機能美って意味は知ってんのか?」

「無駄のないキレイさで、一番スマートな形なんやろ?それ聞いたときなー、
 あーそれって白石のテニスやなぁって思ってん」

 ワイ、白石のテニス好きやぁ。

 言われて、白石は目を丸くした。
 勝手に金太郎は自分のテニスを『つまらんテニス』だと思っているんだろうな
 と考えていたからだ。
 決して金太郎の期待に沿えるテニスではないだろう。
 何しろ金太郎が求めるのはゴツい好敵手。おもろいテニスをするやつだ。
 彼の中でおもろいは強いとほぼ同義。

 だから、


「どこが?」


 問いかける声は上ずっていた。


「絶対勝つとこや!」


 白石のテニスは、勝つためのきのーびやろ!
 しごく真面目な顔で金太郎はそう言った。


「勝ったモン勝ちやもん。白石いつもそう言ってるやん」


 そういうの好っきや!

 返す言葉を探していると、「あ、謙也と千歳の試合はじまる!」とそちらに
 興味を移した金太郎はまた向こう側のコートへ駆けて行く。


「かなんなぁ」


 言い逃げかいな。
 ボールペンでバインダーを意味もなくこつこつ叩きながら白石はひとりごちる。


(そんなん言われたら、負けられへんやん)


 負けるつもりもない。
 負けたくない。勝ちたい。ことテニスにおいて、白石の思考はそこに落ち着く。
 勝ちたい。
 勝ちたい。
 去年、「部長には白石を推す」とオサムは言った。
 2年生になったばかりの白石をだ。
 当然戸惑った
 3年生の先輩がまだ現役として、そしてレギュラーとして在籍している状態にも
 関わらずの指名だったからだ。
 何故かと問うと「一番勝ちたそうやからや」と言われた。
 監督の目は正しく鋭い。


 そうや、俺は勝ちたい。
 いい試合やった。負けたけど悔いはない、なんて絶対に嫌や。納得できん。
 俺は勝ちたいんや。


(次元が違うとか、言うてる場合ちゃうな)


 胸を張ってあの子のそばにいたいのなら、なおさら。
 しかも白石は部長という立場なのだ。
 チームを勝利に導く必要と責任がある。

 6-3。
 先ほどの金太郎とユウジの試合のスコアを指で撫でる。


「白石!財前!次はおまえら試合や!コート入れ〜」


 オサムの気の抜けた声に、白石は顔を上げた。
 普段のだらしのない格好や態度からは監督らしさなど微塵も感じないが、
 テニス部員全員が彼を監督だと認めている。無論、白石自身もだ。

 包帯を巻いた左手でラケットを握ってコートに向かう。


「なんや気合十分すね」


 ネットをはさんで財前が言う。
 そういう彼も試合を前に高まっていることが分かる。
 財前は勝ちを狙う目をしている。

 白石はふっと笑った。


(勝ちは狙いに行くもんとちゃうで、財前)


 気合は十分。
 あとは勝ちを取りに行くだけだ。





グラウンドゼロ






───

 テニスを通じての白金にものすごい萌を感じてしまいます。
 うまいこと表現できないのがもどかしい。

20110724