群青
おそらく遠山金太郎という人間を、心から憎む人間などいないだろう。
きっと誰からも愛される。
まずかみさまから贔屓された子どもなのだ。
彼と接するうちに白石は真剣にそう思うようになった。
(はじめて見たわ)
生まれながらに王冠を持つひと。
テニスの才能とか、生まれつき飛びぬけた運動能力とか、そういった付随する
ものではなく、遠山金太郎という彼が持つ本質だ。
妬みや嫉み、僻み──それらすべて抱くことすら滑稽だと言わんばかりの輝きを
彼は持っている。
いや、輝きそのものだと言い換えてもいい。
輝きの塊。
鮮烈すぎるひかり。
しかし何かが突出すれば必ず何かしら欠落がある。
金太郎の場合は大きく言えば社会性だろうか。
周囲を何ら気にしない。気にする必要がない。
世界の回転軸は他でもない金太郎自身だからだ。
スパン、というひときわ大きなインパクト音と、走り寄ってくる足音とで
白石の意識は思考の波から急浮上する。
「なんつって、」
ごまかすようにつぶやく。
たたたっ、と軽い足音がきゅっ、と音を立てて自分のすぐそばで止まった。
「白石ぃ」
ひとり言かぁ、と笑いながら当然のように白石の隣に並ぶ。
走り寄ってきていたのは金太郎で、先ほどのインパクト音はどうやら目の前の
コートで打ち合いをしている銀のラケットが発したものらしかった。
ふと隣の金太郎を見やる。
頭ふたつ分ほど背が低い彼は、白石から見るとつむじしか見えない。
金ちゃんのつむじが右回りか左回りか、俺は知ってるんやで、といつか
言ってやったら金太郎は目を丸くしていた。
その頭に王冠などないけれど、確実にそこにあることを白石は知っている。
「なんでもないよ」
ことさら明るい声で言って右手で金太郎の頭をわしわしと撫でる。
大体右側に来るのは左手の毒手を恐れてだと最近気が付いた。
白石と同じようにフェンスにもたれかかりながら、宝物のラケットを
ぎゅっと胸に抱いている。
この子は。
(見えもせん王冠なんぞよりこの古いラケットが大事なんやろなぁ)
誰もが見向きもしないものに価値を見出せる。
なんやそのふっるいラケット、と言われても「これはワイの宝物や!」と
笑って言い切れる潔さはいっそ眩しいほどだ。
「なー、しらいし」
「ん?」
「帰りな、たこ焼き食べて帰らへん?」
目をきらきらと輝かせてじっと見つめてくる。
う、と白石は言葉に詰まった。
金太郎のこれは、つまりはおねだりというやつで言うなれば「おごって!」
という意思表示なのだ。
決してずばりと「おごって」とは言わない。
甘え上手な末っ子でもないくせに、おごってとは一言も言わずゴチソウして
もらう術を金太郎は心得ている。
「しらいしぃ、ワイたこ焼き食べたいねん」「なー」「あかんのぉ?」と
甘えた声で言われてしまえば白旗を振るしかない。
しかもこんな時ばかり可愛い顔を武器にしてくるのだからタチが悪い。
別の意味で眩しい。
ああ、惚れた弱み。
かみさまから贔屓されている、とか。
王冠を持っている、とか。
(俺にとってはたぶんどうでもいいことやねんな)
彼を見つけ出したときからそんな予感はあった。
何しろ金太郎は文字通り白石の目の前に降ってきたのである。
煙となんとかは…という通り金太郎は高いところが好きで、その時も
木の上でうたた寝していた。ふとバランスを崩して木から落ちたという
のが正解だが、白石にとっては「降ってきた」というに相応しい出来事
だったのだ。
桜の花びらといっしょに金太郎は降ってきた。
白石は驚いた。吃驚しすぎて心臓が止まるかと思った。
雨や雪や桜の花びらならまだしも、人間はそうそう空から降ってはこない。
こころをつかまれた、という体験も初めてのことだった。
(小難しく考えたところで、どうにもならん)
この子に惹かれているというだけのこと。
どれだけ理由を探してみても、結局はそういう結論だ。
「なー、しらいしぃ」
甘えた声で、まるでオモチャで遊ぶように王冠を振りかざすこの子どもに
どこまで振り回されるのか。
「分かった分かった」
ぽんぽんと右の手で頭を軽く撫でると、ぱぁと顔を輝かす。
その顔がたまらない。
喜んだ顔が見たくて、ついつい甘い顔をしてしまう。
惚れたモン負け、チームメイトの言葉を思い出す。
(まったく、その通りやな)
───
シリアス白金書こう!と思ったんですけど、あれ…?
桜の木から降ってくるとかベタ!でも白金にはベタがよく似合う。
春生まれだから桜もよく似合う。
20110717