バースデー・ゲーム
不二は目を丸くした。
色素の薄い瞳を大きく見開かせている張本人は、いつまでも変わらない
無愛想な表情のままぶっきらぼうに小さな箱を不二の手に押し付けた。
「え、と…?」
「あとで食べるといい」
「あの…」
「変なものは入っていない。ケーキだ」
「いや、じゃなくて」
なんでここにいるの、と至極当然の疑問を不二はようやく口にした。
大きな大会がひとつ終わって彼がランクを4つ上げたことも知っている
けれど、日本に帰ってきているとは知らなかった。
「誕生日だろう」
「ですけど」
「ラケット取ってこい」
あくまでマイペースに事を進めようとする姿勢はさすがだ。
不二は目眩をこらえた。
手塚がこの日を選んでここに来た理由を分からないとは言わない。
友だち以上恋人未満。
文字にするとありきたりだが、不二が思う手塚との関係はその通りだ。
恋人未満、というと少々語弊があるかもしれない。
互いの気持ちは確認済みであるし、キスもそれ以上のこともしたことは
ある。
ただ、完全に一線を越える最後まで致したことはない、というだけで。
だから、たぶんきっと、自惚れでなければ手塚は祝いに来てくれたはずだ。
(ジャージでだけど)
そして。
「なんでラケット…」
ぶつくさ言いながらケーキを冷蔵庫にしまい込み部屋にバッグを取りに行く。
たまに弟やらかつてのテニス部仲間と打ち合うことがあるからガットも
まめに張り直している。問題はないだろう。
玄関まで下りると、手塚はさっそく足を外に向けて「行くぞ」と一言
言った。
行き先は言われなくても分かる。
手塚と初めて打ち合ったコートだ。
「たまに打ってるけど、さすがにキミ相手は厳しいよ。お手柔らかに」
かっちりジャージ着込んでるキミと違って僕は普通に私服だし。
まだ寒いし。
動きにくいトレンチコートではなく、柔らかで軽い素材のダウン
ジャケットを着たのは不二なりの譲歩案だ。これなら靴がテニス
シューズでも問題ない。
うむ、と厳かに手塚は頷いた。
「どっちにする?」
「選んでいいの。じゃあサーブ」
コートで向き合うのも随分と久しぶりだ。
勝敗の行方はすでについているも同然だと分かっているのは両者ともだろう。
不二はボールを頭上にトスした。いい風だ。
空も視界も澄み切っている。
勝負はあっけなく終わった。
スコアは6-2
その2つも取らせてもらったものだと分かる。
以前なら歯噛みするくらい悔しかっただろうけど、テニスと距離を置いた
今にしては「まあまあ」だ。
「ゲームウォンバイ手塚。6-2」
額の汗を手の甲で拭いながら言うとタオルを差し出された。
「成績が悪くなってるぞ」
「ええ?」
「4年前は6-4だった。あの時次は勝つとか息巻いていたくせにな」
「………」
そういえば、そんなこともあったな、と不二は思った。
あの時は確か不二が強請ったのだ。
『試合してよ、誕生日に。それがプレゼントでいい』
『また負けちゃった。ゲームウォンバイ手塚。6-4』
『ちょっとは追いつけたかと思ったのに、全然だ。残念』
『4歳相手に力でねじ伏せるなんて大人気なくない?』
『今日くらい勝ちを譲ってくれても良かったのに。気が利かないなぁ』
──そんなことをすればすぐにへそを曲げるだろうが。お前は負けん気が
強いからな。
──それじゃあ、
「あっ!」
体が震えたのは、寒さにさらされ急速に冷えたからというだけじゃない。
パイル地の大きなフェイスタオルに顔をうずめた。
顔が熱い。きっと赤い。運動直後だからという理由にしてしまいたい。
「どうした」
「ああー……ほんっと、手塚って馬鹿」
「おい」
失礼な、と苦笑する手塚に怒りは見受けられない。
それどころか、ベンチに置いていた不二のダウンを取ってくる余裕すらある。
4年後もまた勝負するか?
そう手塚は聞いたのだ。あの時。
手塚から約束をしてくれたことと、4年先までの約束を得たことがうれしくて、
不二はもちろんと返事した。
「も、……馬鹿だな。ほんとに、馬鹿だよ。律儀すぎるよ………忘れてたのに」
「お前は案外忘れっぽいからな」
それくらい承知している、なんでもない。
そんな手塚の態度がまた憎らしくもありうれしくもあり。
顔をタオルにうめたまま、目だけをちらりと上げて不二はせいぜい恨みがましく
聞こえるように声を出した。
「まだ5歳になったとこだからね」
「5歳だと俺が困る」
困ると言うくせに手塚はちっとも困った顔をしていない。
何が、と聞き返そうとタオルから顔を上げた途端に頭上から何か柔らかいものが
降ってきた、と不二は思った。
実際はダウンジャケットをかぶせられたのだ。
くちびるをふさがれる。
こんなところで、とか、いきなりなんだ、とか、そういう文句が出てくるよりも
先に、ああひさしぶりだなぁとどこかのん気に思う。
しかもこんなやり方、逆に目立つよ。
そういえばあの時、コートでキスはしたんだっけ?
したような気がする。
強請ったのか、してくれたのか。
それは覚えてない。
あとで手塚に聞こう。覚えているに違いない。
とにかく今できることは、また頑張って恨みがましい声を出すことだ。
「何、いきなり」
「こっちはお前が二十歳になるまで待ってたんだぞ」
今度はちゃんとダウンを不二の肩にかけながら手塚が言った。
その時の手塚の表情をどう表現すればいいのか、不二は未だに迷う。
確かなことは、手塚はやっぱり馬鹿がつくくらいに律儀だったということだ。
───
ハッピーバースデー、不二!
4年後また勝負云々を2004年の不二のお誕生日おめでと塚不二文で書いて
いて、せっかくなので続けてみました。
久々の塚不二!やっぱり大好きだなぁって思いました。
下はおまけ塚不二会話白金風味。
───
「向こうで誰かと会ったりしてる?越前は元気?」
「元気だろう。最近はうるさいのが俺の方に来るようになったから」
「うるさいの?」
「遠山だ」
「ああ、『金ちゃん』ね」
「あいつは親離れができてない」
「…どういうこと?」
「白石と背格好が似ているらしいな。そのせいでやたら懐かれている」
「あ、あー!そう言えば一緒くらいかもね」
「手塚、白石みたいや!といきなり叫ばれた俺の気持ちが分かるか?」
「…ぶっ!手塚、あのさ、ぜんっぜん似てないよ」
「笑いどころはそこじゃない」
「だっ、て…、っに、似てなーい!」
「お前の笑い上戸は相変わらずだな」
「あー笑った。うん、まあね、あんな絶頂男と一緒にされちゃショックだろうね。
でもそっかそっかーうーん、これを教えてあげるのは勿体無いかなぁ」
「何の話だ」
「迷うなぁ、うーん…迷うよ手塚!」
20120229