開会式が終わりトーナメント形式の試合が始まる。
勝ち上がる度に相手がひとつ強くなる。全国大会に集まる各都道府県の
代表校のうち、大体順当なところが勝ち上がってきていた。
「あれ、金太郎は?」
周囲を見渡してみてもどこにもあの小柄な姿がない。
やられた、と白石は思った。まさか試合中に消えるとは思わなかった。
しかも2度目。
(まったく)
嘆息する。
自分の試合が終わったらはいおしまい、では困るのだ。
彼に仲間意識がないわけではない。むしろ強い方だと思う。
けれど金太郎は興味を持ったものにふらふらとついて行ってしまう癖がある。
財前に言わせれば「子どもや」である。
練習中でもコートに入り込んできた蝶々を熱心に見つめていてサーブを
スルーしたことすらある。要は集中がどこにいくかだ。
「連れてくる」
試合中のテニスコートを離れることにためらいはなかった。
勝利は見えている。うちは強い。
幸いにも金太郎はすぐに見つかった。さすがに試合場所であるコートから
距離を取ってはいなかった。
相手がそこを離れていなかったことも幸運だ。
「コシマ、エッ?!」
ようやく見つけた遊び相手に飛び掛ろうとするところを見事に捕獲した。
猫の子をつまかえるように首根っこを掴む。
怒りのニャーの代わりに、なにすんねんー!と怒声が答え、自分を引っ掴んだ
相手が白石と知ると途端に声がしおれた。
「ぅえ…白石ぃ……」
「何してんねん金太郎。試合中やで」
「だってホラ見てみぃ白石ぃ!」
めっちゃ図太い体で指から毒素を出し3つの目でごっつ睨んでくるアメリカ
帰りの大男・コシマエ。
謙也がそう言ってた、と金太郎は主張するが聞き間違いである。
本人を目の前にまだそう言い張れる金太郎はすごいと白石は思った。
金太郎いわくコシマエ──越前リョーマは見たところ金太郎と同じくらいの
体格。
ようするにちっちゃい。
コシマエが大男なら金太郎も大男、白石なんかは大大大男くらいだ。
金太郎がそのコシマエと会うのをたいそう楽しみにしていたことくらい
知っている。
実を言うと白石もそうだ。
東西のスーパールーキーが対峙することをそれはそれは楽しみにしている。
たぶん互いに拮抗する実力を持っている。
きっと金太郎の相手になるのに不足はない。
(仲良う……というか友だちになったってくれへんかなぁ)
越前に唯我独尊どころか傲岸不遜の気があることを白石は即座に見抜いたが、
それでも心底そう思った。
金太郎には友だちが必要だ。ライバルと言い換えてもいい。
(同い年の)
そこが重要なのだ。
金太郎と渡り合える者は少ない。関西大会を勝ち抜いてよく分かった。
同学年となるとまるでいない。
1年生でレギュラー入りしているということがまず珍しいとも言える。
だからこそ、越前リョーマは貴重なのだ。
この先、テニスを続けるとして。
同じ学年に越前がいる、ということは金太郎にとって常についてまわる
事象になるに違いない。
けれど、それは相手にとっても同じことだ。
ならば意識して欲しい。同い年の拮抗する実力を持つ少年を。
めっちゃ図太い体で指から毒素を出し3つの目でごっつ睨んでくるアメリカ
帰りの大男・コシマエ、を正しく言い換えた白石は金太郎に悪意がないことを
それとなくアピールしたものの、越前の態度はつれないものだった。
(ありゃ)
肩透かしを食らった気分。だが気分を害するには至らない。
越前リョーマは金太郎と正反対だ。
この場合好ましいのは完全に金太郎の方だが、それは惚れた欲目も手伝っての
ものなので、おそらく青学テニス部員からすると別の意見が出るだろう。
しかしコシマエと試合したい!という金太郎のワガママは捨て置けない。
今は不動峰との試合中である。
いやや!とアカン!の応酬はいつもどおり毒手で白石の一本勝ちだった。
こうなるのは目に見えているのに、どうしてこうも金太郎はワガママを言うの
だろう。
怯える金太郎を「不動峰に勝てばコシマエのいる青学と当たるで」と宥めて
取り成す。
これもお決まりのやり取りだ。
あっさりと「コシマエ、またなー!」と試合中のコートへ走っていく金太郎を
白石も追いかけた。
「おーお疲れさん、部長」
「お前こそな」
試合を終えた、というより終わらせた謙也がスポーツドリンクを飲みながら
声をかけてきたので白石は肩をすくめて答えた。
金太郎が「銀、おつかれーっ!」と大声で言いながら銀の背中によじのぼるのを
横目で見てため息をつく。
「ほんま、あのゴンタクレはかなんわ」
「何やねん、銀にまで嫉妬か」
「ちゃうわアホ。試合中に二度も脱走やで」
金ちゃんらしいやんか、と謙也はのん気に笑う。
こうやって許して甘やかしてしまう部員の多いこと。
今はこれでいいかもしれないが、来年新一年生が入ってきたら金太郎も
先輩になる。
こんな態度が許されていては示しがつかない。
自分も最終的には甘やかすことは棚上げして、白石は部長として金太郎の
これからを心配している。
「ゴンタしてもお前の言うことだけはきくし、別にええやろ」
「つっても俺来年おらんねんぞ。どないすんねん」
「来年は来年でどうにかなるやろ。金ちゃんかてそこらへんは分かっとるって」
「じゃあなんで」
ワガママばかり言うのか。ゴンタばかりするのか。
白石には分からない。
まったく非効率的だ。
どうせ最後には毒手に屈して言うことをきくくせに。
白石なら敵わない相手には最初から歯向かわない。労力の無駄だ。徒労だ。
金太郎は子どもだから元気が有り余っているのだろうか。
「そりゃ甘えとるんや」
「…は?」
「お前って結構鈍いな」
失礼なことを言ったそばから、「あ、部長やからか。大変やな部長職も」と
勝手に納得したらしい謙也は残像を残して皆の輪の中へ入って行く。
「なんやそりゃ…」
白石は呆然としたあと、気を取り直したように「試合始まるで」と部員達に
呼びかけた。
元九州最強の二人の激突は、四天宝寺テニス部にとっても目の離せない
試合になるはずだ。
(面倒なやっちゃ)
先ほどのやり取りを気にしないふりで試合観戦に集中しようとする白石を
謙也はちらりと見やった。
(金ちゃんは金ちゃんなりにお前のこと気にしとんねんぞ)
敵に塩を送るというか、狼に絶好の狩場を教えるのも面白くない。
謙也はだんまりを決め込み、金太郎に「どっちが勝つやろな」と問いかけた。
恋して、変わって、
───
白金フラグを折らずにこのまま進めたいです…!
20120314