喧嘩するほど仲は悪い






 何か軽く食べようか、という話になったものの、見知らぬ土地で歩き回るのも
 気が引けたので、近くにあったコンビニで各自適当に菓子パンやらお菓子やらを
 買い込んでアリーナコートへと戻る。


「金ちゃん、これやろ」

「ええの?」


 腹減ってるんやろ、と謙也がカレーパンを差し出すと、じゃあアタシはこれ、
 しゃあないからこれやる、などと誰彼と金太郎に余分に買った品物を差し出した。
 こういうシーンで変に遠慮しないのが金太郎だ。
 おおきにー!と笑顔でお礼を言ってさっそくカレーパンから開封し出す。


「普通こういう時って『心配させたんやから何か奢れ』ってなるんやけどなぁ」


 真っ先にカレーパンを与えたくせに謙也がそんなことを言った。
 金太郎以外の全員が苦笑気味だ。


「人徳ばい」

「餌付けっすよ」


 千歳と違って素直じゃない物言いをした財前だが、示すところは同じだろう。


「お、揃っとるな…って金ちゃん!」

「健ちゃん!」

「ぶ、無事やったんか!」


 泣き出さんばかりの小石川を見て金太郎は慌てた。
 ぐいぐいと口を拭って彼に駆け寄る。


「健ちゃん、あ、あの…ワイ…」

「心配したで!どっこもケガしてへんか、悪くしてへんか?」

「だ、だいじょーぶ!」

「そうか…良かった」


 金太郎がごめんなさい、と謝ろうとした矢先、「ところで」と小春が割って
 入った。


「蔵リンは?」

「あー…それが、オサムちゃんがどっか行ってもうてな。探しに行っとる。皆も
 手分けして探して欲しいねん」

「オサムちゃんが?」


 あのオッサンはほんましゃーないなぁ、と全員がため息をついて腰を上げた。
 なんだかんだ言っても監督だ。探しに行く。


「あ、金ちゃんはここでそれ食べながら待機。動いたらアカンで」

「えー!ワイだってオサムちゃん探しに行きたい!」

「また行方不明になられたら困るしな」


 むぅ、と眉を寄せた金太郎は、肩を落として頷いた。






 アリーナコートの階段に腰掛けて、金太郎は足をぶらぶらさせた。
 手元には牛乳のパックとあんぱん。
 さっきまではあんなにおいしかったのに、なぜか味が薄くなってしまったような
 気がする。
 金太郎が大人しく残ったのは、小石川の態度を見たせいだ。
 アリーナコートで皆と合流した時、誰一人「心配していた」ような態度を
 出さなかったから分からなかった。

 自分が思っている以上に、周りに心配をかけたのではないか。

 そんな心配いらん、とは言えない。
 何しろここにたどり着いたのは金太郎の独力ではないのだ。
 純平に助けてもらった、母親に電話した、母親から白石に電話してもらった。


「はぁ…」


 そう気づいてしまっては、「ワイも行く!」と強硬な抗議はできなくなった。


(謝らなあかんかった)


 時期を逃すと謝罪はしにくくなるものだと、これまでの経験で金太郎はよく
 知っている。
 何しろ自他共に認めるゴンタクレだ。
 幼い頃から何かやらかして怒られたり叱られたりした回数は半端ではない。
 一度終わった話題をさらに蒸し返して謝るのだと思うと気持ちはさらに重くなる。
 四天宝寺テニス部のレギュラーでは金太郎が一番後輩だ。
 ようするに金太郎以外は全員先輩で、だからこそ金太郎は甘やかされている。
 謝らなくても、もう終わったことにしてくれる。


(それはあかん)


 無理やり口にあんぱんを押し込んで牛乳で流し込んだ。
 甘い。おいしい。


「謝ろ、ちゃんと」


 言葉に気持ちを逃がすとふと心が軽くなった。
 うん、と自分に頷く。


「金太郎!」


 なぜ決意した次の瞬間に、それが揺らぐようなことが起きるのだろう。


(白石)


 言い訳するつもりもないが、静岡で新幹線から飛び出したのは白石も
 原因のひとつだった(もちろん本当に東京だと思ったわけだが)。
 白石は言い訳しなかった。何も言わなかった。
 キスについて。
 謝って欲しいと思ったわけじゃないけれど、何か一言あるやろ、と
 思ったのだ。
 何も言わないくせに、距離を置こうとしたのは向こうの方だ。
 白石は金太郎のお目付け役だから(それくらいは金太郎だって理解している)
 移動の際は常にセットで扱われる。
 だから、金太郎は財前の隣、と言われたのは軽くショックだった。


(なんで白石が)


 健ちゃんがひとりで戻ってきてくれたら良かったのに。
 そしたら謝って、みんなにも謝って、すっきりできたのに。

 のろのろと立ち上がって階段を降りる。
 地面に到着するのと、白石が駆け寄ってきたのはほぼ同時だった。


 ぺちん、と頬に軽い衝撃があった。
 叩かれた、というには軽い。はたかれた感じだ。
 左頬は痛みを訴えたりしなかった。


「勝手な行動したらあかんていつも言うてるやろ」

「………」


 じゃあ席を勝手に変えるのは?
 白石の都合で、勝手に変えるのはありなん?
 そんなん、おかしいやん。
 先に勝手したんは白石やろ。

 沸き上がった恨み言は、外には出なかった。
 うつむいて、くちびるを引き結んで出さないようにする。
 金太郎なりの「しゃべりたくありません」という意思表示のつもりだ。

(イライラするし、もやもやするし、むかつくし、白石なんか、もう知らん!)

 絶交や、絶交!

 白石は怒っているのだろう。部長だから。
 団体行動を乱した部員を律する必要がある。その点において、金太郎が言い訳
 できることはない。悪いのは自分だ。


(でもワイだって怒ってる)


 たぶん白石より怒っている。
 だって悪いのは白石だ。団体行動から外れて、皆に迷惑と心配をかけたのは
 謝るけれど、白石だって謝るべきだろう。


「ほんま、頼むわ。あんま心配させんといてや」

「あ、え?」


 右手だけで抱きこまれて、上から白石の声が聞こえる。
 安堵のため息と一緒に吐き出されたそれが本心からのものだと、分かって
 しまった。
 悔しいことにあんなにささくれだってイライラもやもやしていた気持ちが
 するすると穏やかに凪いで行く。

 元より怒りを長続きさせることが難しい性格だ。
 怒りは一瞬で激しく燃え上がるのに、鎮火するのも一瞬。
 金太郎はそういう自分の感情に慣れている。
 自分でも拍子抜けするくらいあっさりと、白石に対する怒りが消えてしまった。


(……もやもや、なくなってもうた)


「心配したんやで」


 いつまでも返事がないのをしょげていると取ったのか、白石がやさしい声を出す。


「金ちゃん?」

「…うー」


 ごめんなさいという言葉は驚くほど自然にくちびるから出て行った。







───

 喧嘩別れパターンを書いてたんですが、「自分からなけなしの白金フラグを
 折りに行ってどうする!」と思い直したのでこんな感じに…。


20120223