「よっしゃー、今日の練習はここまでやぁ!」
馬鹿でかい声で練習終了を告げたのは監督のオサムだった。
だらっとした外見から考えられない声量にどこからそんなに大きな声が出るのか
不思議がる部員もいる。
「オサムちゃん今日もやっかましいなぁ」
金太郎のようにさして気にもせず笑っているタイプの方が四天宝寺テニス部には
圧倒的に多いわけだが。
大きな口を開けて笑う金太郎の頭をわっしゃわしゃと豪快にかき混ぜてオサムも
笑った。
監督とルーキーという関係なのに、まるで年の離れた兄弟のようだった。
その様子を見て誰もが自然と笑顔になる。
関西大会を制し、全国大会を目前に控えていてもいつもと変わらぬ部活風景。
変に硬くならず、気負いもない。
良いコンディションだ。
「今日は一コケシの代わりに一ジュースや!パチンコで当ててきたったで!」
パチンコにそんな景品があるのかは定かではなく、当然中学生の身にしてみれば
真偽のほどは確かめようがない。
うさんくさげな眼差しでダンボールに入った小さな果汁100パーセントの
缶ジュースを見つめる者が大半だったが、金太郎だけは無邪気にわっほーいと
喜んでいる。
「オサムちゃん、それなんかあやしいもんちゃうんでしょうね」
「健坊、監督を疑うんか!マイナス一コケシやぞ!」
「その方がありがたいです」
「なんでやぁぁ!いつからそんな反抗的な子になったん?!」
用心深い副部長と胡散臭い監督のやり取りを横目に、金太郎はダンボールを
よいしょと抱えて部員達の周りを駆け回り始めた。
一番最初に手にとって飲みだしそうな彼だが、後輩の役目というものくらい
心得ている。
金ちゃんおおきになあ、と声をかけられながら配り始めてしばらく、金太郎が
しぶい顔をした。
「オサムちゃん、数足りひんで」
「どれくらい?」
「ふたつ!」
ふむ、とあたりを見渡すとジュースを手にとっていないのは白石と金太郎だけだ。
二つ足りないというのは計算が合わない。
ややあってオサムはぽんと手を打った。
どうやら金太郎が自分も数に入れてくれていると気づいたからだ。
「俺の分はいいねんで…つってもあとひとつ足りひんのか」
ポケットに手を突っ込んで小銭を探そうとするオサムを制したのは白石だった。
「ええよ。ジュースくらい」
金ちゃん飲んどき、と穏やかに白石は言った。
きょとん、と大きな目をぱちぱちさせてから金太郎がにこりと笑う。
「わかった!ワイと白石で半分こな!」
「え、そんなん──」
ええよ、と口にする前に馬鹿でかい声でオサムが割り込んだ。
「金太郎はええ子やなぁー!そうやそうや、なんでも分かちあわなあかん!
な、金太郎!」
「なー、オサムちゃん」
「ええ後輩持って幸せやな、部長!」
「なー、部長」
やかましい監督とそれに便乗する金太郎とに交互にまくしたてられ、白石は
大きくため息をついた。
そんな白石をなんら気にする様子もなく、金太郎はぐいとジュースを煽った。
おいしー!と言った直後に白石にジュースの缶を差し出す。
「りんご!」
「ああ、おおきにな、金ちゃん」
どうやら缶の中には半分より少し多めに入っているらしいことが、缶を
持った時の重みで分かった。
自分のために半分こして、しかも多めに残してくれている(食いしん坊の
金太郎が!)のがうれしくて、白石はもう一度おおきにと言った。
缶ジュース、君と一缶
───
白石が放任タイプなだけに健ちゃんがオサムちゃんに対してもびしっと
言ってあげてるイメージがあります。
20110821