絵本の憂鬱
外見が良くて勉強できてスポーツもできて中身もそこそこてどんだけ
御伽噺の中の住人やねん。
それが中学一年のとき、白石蔵ノ介というクラスメイトに対し謙也が
もった感想だった。
偶然同じテニス部に入り、しかもクラスメイトだということで二人は
自然に仲良くなった。一緒に行動する時間がとにかく長いのでそれも
当然の話だろう。
仲良くなるにつれ、白石が見た目ほど華やかな中身ではないんだなと
気づくようになった。
そりゃもう白石は女の子にモテた。
白石のようなタイプがモテないほうがおかしいのだ。
見た目だけで言えば彼はさながら絵本から抜け出してきた王子様、に
見えるに違いない。女子にとっては特に。
同級生から先輩まで、とにかく白石は人気があった。
しかし本人はさほど気にした様子もなく、淡々と授業を受け、部活動に
励んでいた。
謙也は、うれしないの?と聞いたことがある。
うれしいというか苦手や、と苦虫を噛み潰したような顔で白石は答えた。
「なんで?」
白石はしばらく困ったように逡巡していたが、やがて短くため息をつくと
観念したように口を開いた。
「ああいう、自分からくるような女子って苦手やねん。押し付けがましいの
嫌いや」
「押し付けがましいって…」
好意は押し付けるもんちゃうやろ、と白石は続け、謙也はなんとなく
頷いてしまった。
「別に好きになってて頼んどらんし」
わざとらしく、つっけんどんな態度で白石は言った。
分かるような、分からないような。
しかし、謙也にとって白石の言い分はずいぶん贅沢であるように思われた。
贅沢というよりは傲慢というべきだろう。
この白石の言葉は決して本心からのものではなく、単に苦手な恋愛の話を
打ち切りたい一心のものだった、と分かったのは後々だった。
今では笑い話やけど、と白石は小学生の時「告白される現場のこのこと行って
みたらそこにはクラスの女子全員がいて決断を迫られた」というとんでもない
過去があり、それを打ち明けられたのは中2のテニス部合宿のことだっただろうか。
人気者には人気者の苦労があるらしい。
小学生の頃は割とモテていた(少なくとも従兄弟より)と自負する謙也だが、
そこまでの目に合ったことはない。
「好かれたらうれしいもんやと思うけどなあ」
頷いてしまったものの、そんな事情を知りもせず、釈然としなかった当時の
謙也は控えめに反論した。
「誰彼かまわず好かれたって困るだけやろ。好きでもない相手に好かれて
謙也は困らんのか?」
「うーん…それは困る」
「せやろ」
「ほなら、白石はどんな子がタイプなん。どんな子に好かれたらうれしい
ねんな」
あの時、白石はなんと答えたのだっただろう。
歴代の「あの子好き」と白石が言った女子を思い返してみる。
とかく白石は美醜にとらわれないようであったが、ストレートな物言いを
する子を好んだ。
よく言えばボーイッシュ、悪く言えばガサツ、誰が相手でも物怖じせず
言いたいことをはっきり言う子。
そういう子は大抵要領が悪く誤解されやすい。
白石はそういう子にからかいまじりのちょっかいをかけてこっそりと
面倒を見るのが好きなようだった。
ただ、「好きな子に好きになられたら途端に引いてしまう」という悪癖を
持ち合わせていた。
追われると好意を押し付けられるように感じるのかもしれない。
追われる恋より追う恋を好むのは結構だが、いささか自分勝手に過ぎる、
というのが謙也の見解だ。
金太郎を好きだという白石を応援できないのはその悪癖を知っていたから
でもある。
(今回に限ってはその心配はなさそうやけど)
金太郎はすべてにおいて規格外だとは常々思ってはいたものの、白石に
とってもそうだったようだ。
白石が入れ込むのも理解できる。
(でも応援できるかどうかは別っちゅー話やで!)
子リスよろしくほっぺたいっぱいにたこ焼きを詰め込んだ金太郎を
うれしそうに見つめる白石、を横目に見て謙也は意地悪く思うのだ。
───
金ちゃんは奇跡って話(ん?)。
20110905