陽も暮れた通学路を二人はゆっくりと歩いていた。
 何しろ足がまだしびれている。


「謙也怖かったなぁ、白石」

「なぁ、金ちゃん」


 居残りをさせる権限などないはずの謙也が白石と金太郎を残らせ、あまつ
 正座させ、スピードスターのお説教タイムはスタートした。
 正座させられたあたりで、なんやどういうことや、と慌てていた小石川も、
 謙也の鬼気迫る表情に押され、「ああ、じゃあ後は謙也に任せるわ…な!」と
 引きつった笑顔で他の部員を率いて撤退していった。
 副部長として正しい判断である。
 健ちゃんは副将の資質があるなぁ、と怒られながらも感心したものだ。
 そして説教されること45分。
 謙也は肩をいからせながら部室を出て行き、残された二人はじんじんと痺れた
 足をようやく伸ばすことが出来た。
 そしてのろのろと着替えを済ませ、今に至る。


「でも何をあんな怒ってたんやろ。なんか難しいことばっかり言ってたなぁ」


 倫理的になんとかとか、責任問題がなんとかとか。
 謙也の怒りの一端を担っていたのは間違いなくこの金太郎の無知さなのだが、
 そこは言わずにいたほうがいいだろう。
 主に自分のために。
 白石はうっそりと口を噤んだ。


「俺に怒ってたんや。金ちゃんは気にせんでええよ」


 正直、殺されかねない、と本気で思うほどの剣幕だった。
 テニスの公式試合でもあんなに迫力ある謙也を見たことがない。
 ちょっと厄介やな、と白石は思った。
 金太郎に対する思いのベクトルは全く違うからその点においてはなんら
 心配はいらないが、まだ何もしていないのにも関わらずあの過剰反応。


(手ぇ出しにくいわ)


 まだ、その予定もないわけだが。


「それよりたこ焼き食べに行こか」


 白石は謙也の説教を「それより」と言い切った。
 授業まるまる一つ分の長さのお説教だったが、済んでしまえば何とやらだ。
 喉もと過ぎれば…というやつである。


「うん!」


 切り替えが早い金太郎も、お説教などなかったかのように元気よく頷いた。
 が。


「白石ぃ」

「うん?」

「あんな、謙也は怒っとったけど。アカンって言ってたけど」

「うん」

「先に約束したんは白石やし、ええしな!」

「え、」


 金太郎は、なっ、と笑うと白石の右の手を引いた。


(この子、ほんま…!)


 なんて罪な子なんや、と思わずにはいられない。
 金太郎が欲しい、なんて。
 意味も分かっていないくせに。
 そのくせ、こうやって喜ばすようなことばかり言って、白石を惑わせる。


「あ。でも、謙也にはナイショやで」


 いたずらっぽく瞳を輝かせた金太郎はそう言って、しー、と人差し指を
 くちびるに当てて、ひみつな、という仕草をしてみせた。
 もう怒られんのかなんもん、と笑う。

 白石はもうため息をおさえられなかった。
 前々から分かっていたことだ。
 金太郎は心臓に悪い。
 エクスタシーどころではない。

 自分の一挙一動で白石の心臓を激しく揺らしているとも知らず、金太郎は
 無邪気に笑うのだ


「なー、しらいし」


 あまえた声で呼んで、また心臓を揺らしてくる。
 このゴンタクレはほんまにかなん、と白石は天を仰いだ。

 それでも、



生きてるってすばらしい






───

 結局のところ金ちゃんには誰もかなわないと思います。

20110810