可愛いからそのままでいて




 金太郎が両手を背中にまわしてちらちらと自分をうかがっていることに
 白石は気づいていた。
 気づくかな、気づかへんかな、そんな声が聞こえてきそうな様子に
 笑ってしまう。


「なんや、金ちゃん」


 振り返って安心させるようにやさしい声色で言うと、ぱっと晴れやかな
 顔を見せて近寄ってくる。
 なんというか、優越感に浸れる瞬間だ。
 自分にだけはどうやっても懐かなかった子猫が、苦労の甲斐あってやっと
 懐いてくれたこの感じ。


(たまらんよなぁ)


 たまらずに右手を伸ばして赤みがかった髪の毛をかき回す。
 大きな目をぎゅっと閉じて「うれしい!」という顔。
 ついぞこの前までは考えられなかった事だ。

 ただ、金太郎から触れてくることはまずない。
 正しく言うと皆無だ。
 今更恥ずかしいんちゃう?と謙也なんかは言う。
 その日の部活中、金太郎をこれみよがしにまとわりつかせていた謙也(白石
 にはそう見えた)に言われてイラッとしたことはさておき、それはあながち
 間違ってはいないだろう。


(けどなぁ…)


 うらやましいものはうらやましい!
 ついこの間も、金太郎を真ん中にユウジと小春の3人で腕を組んでるんたるんたと
 楽しそうにスキップしているところ(なぜそんな行為に及んでいたのかは不明)を
 見ていると、小石川にぽんと肩を叩かれた。
 何かと問うと、「いいな〜って顔で見てたから」と言われた。
 どうやら慰められたらしい。
 かくいう彼も金太郎のスキンシップという名のタックルの餌食にはしっかりと
 なっているわけで。

 自分だけに触れてこない、というのはやはり物悲しい。


「いちごとバニラのソフトクリーム誰やー?」


 謙也の声だ。
 ぱっと金太郎がそっちを見る。もう白石は目に入っていない。


「ワイー!それワイやー!」

「金ちゃんか。落とさんときや」

「うん!」


 大きく頷きながら謙也からソフトクリームを受け取っている様子は本当に
 子どもだ。
 バニラ2個あるけど誰やー、と謙也が言って、「俺!」と白石もあとに続く。
 部活のあとに食べ物を求めてどこかしらに寄り道してしまうのは仕方のない
 話だ。
 白石は部長として寄り道も買い食いも推奨してはいなかったが、たまには
 息抜きも必要と割り切って付き合っている。
 付き合いの悪い部長など四天宝寺では存在してはならない。
 ただ締めるべきところは締めなければならないので、食べ歩きは許可して
 いなかった。
 学校から3番目に近いこのコンビニエンスストアは大きな駐車場があるので
 中学生が少したむろしていたところで特に怒られはしない。
 だから寄り道はこことテニス部では決まっている。
 何しろ空腹なのは間違いない。買い食いしたところで、家に帰ると夕食も
 たいらげる。育ち盛りだ。
 金太郎が入部してから明らかに頻度が上がっていることに気づいてはいたが
 そこは目をつぶる。



「謙也はチョコレートかぁ」


 くちびるについたクリームを赤い舌で舐めてから金太郎が言う。
 じっと一直線に自分の持っているソフトクリームに視線を注がれて謙也は
 楽しそうに笑った。
 そして金太郎が喜ぶ提案を持ちかける。


「ちょっと交換しよか」

「うん!」


 自他ともに「兄弟みたい」と認める謙也と金太郎は仲がいい。
 ぱっと交換してぱくりと一口。


「金ちゃんのもおいしいなぁ」

「なー!」


 金太郎は口の周りをクリームだらけにしながら食べている。
 金太郎かわええなぁ、謙也ええなぁちょっと代わってくれんかなぁ、なんて
 思いながら様子を見ていると、ぽんと肩を叩かれた。


「ん?」

「白石はん、溶けとる」

「え、ああ…うわっ!」


 同じバニラのソフトクリームを食べていた銀に指摘された時にはもう遅い。
 カップにしとけばよかった、と見当違いな後悔をしながら、銀の差し出して
 くれたティッシュを受け取った。


「おおきに」

「そのうち金太郎はんに穴が開くかもしれへん」

「え?」

「白石はん、めっちゃ見たはるから」


 銀には小春のようなお節介混じりの他意などたぶん決してない。
 ないけれど、白石を撃沈させるには十分だった。


(俺、分かりやすいんか…)


 この心のつぶやきが聞こえたなら、謙也などは即座にうんと頷いただろう。


「白石、どしたん」


 いつの間にか白石のそばに戻ってきていた金太郎がソフトクリームを舐めながら
 言う。
 すでに上半分を食べ終わり、これからコーンに取り掛かろうというところだ。


「なんもないよ」


 溶けきる前に食べよう、と思い立った白石はばくばくとソフトクリームを攻略に
 かかった。
 冷たくて甘い。
 白石はそんなにソフトクリームが好きではなかったが、たまにたまらなく食べたく
 なる時がある。

(疲れると甘いモン食べたくなるしな、確かに)

 甘いもの好きの財前やお子様の金太郎などは疲れていなくとも食べたくなるの
 だろうけれど。

 さくさくとコーンを頬張る金太郎は小動物めいていて白石を微笑ませる。
 その姿に癒されるのは白石だけではないだろう。
 人というのは基本的にかわいいものに弱いのだ。
 特に大きな人間はちいさくてかわいいものをいつくしむ傾向がある(白石
 調べ)(というか今のところ銀と千歳のみ)。


「おいしかったー!甘いもん食べたらたこ焼き食べたなったぁ」


 金太郎は切り替えが早いが、食の切り替えも同様らしい。
 彼に遅れること数十秒、白石もソフトクリームを完食した。


「金ちゃん、口の周りクリームだらけや。コーンのかすもついとるし…」

「わかった」


 右手を口に近づける。
 手の甲で拭おうとしているのは確実だった。


「こーら、金太郎。余計汚れるやろ」


 金太郎の右手を同じく右手でつかまえておいて、先ほど銀から手渡された
 ティッシュで口の周りを拭ってやる。
 金太郎が、うー、とむずがるような声をあげた。
 それでも目を閉じて白石のされるがままになっている。


(あー、かわええ)


 無防備にも程がある。
 そこにはこの間まであった怯えや遠慮などかけらもなく、白石にすべてを
 預けきるようなその態度。


(やっぱりたまらんよなぁ)


 母親じみているこの行為に金太郎はなんら疑問を抱いていない。
 白石としては、好きな子の面倒を見てやりたい、の一心なのだが。
 白石は特に世話焼きに分類されるタイプの人間ではなかったが、好きな子に
 大してはたぶんに世話好きを発揮する。

 思えば、これまで好きになった子のタイプは一貫していた。
 手のかかる、ちょっと子どもっぽい子。
 金太郎は手のかかりすぎるかなり子どもっぽい子だが、好みには当てはまって
 いるわけだ。



(でも「白石はオカンみたい」とか思われてんのかな…)


 それはそれでショックではある。
 しかし白石が抱いている恋心を金太郎は知らないわけで、そこを理解しろ、
 察しろとは言えない。
 相手は金太郎なのだ。


「ほい、終わり」

「取れた?」

「取れた取れた」


 クリームを拭ったティッシュを左の手のひらでくしゃりと丸める。


「おおきに!」


 にこっと笑った金太郎がすぐに真顔になり、そして困ったような顔で
 白石を見上げた。
 なんや、と小さい彼を覗き込もうとする直前、意を決した金太郎がえいと
 ばかりに抱きついてくる。


「き、んちゃん…!」


 白石は狼狽した。声がひっくり返る。
 夢にまでみた金太郎からの抱擁だ。
 実際は抱擁と言うよりは、思い切って抱きついた、という方が正しいような、
 そんな他愛ない子どもじみたものだったけれど。
 身長の差があるせいで、金太郎の顔は白石の胸あたりにしっかりと押し付け
 られている。

 金太郎は白石に抱きついたまま、顔を上に向けた。
 目が合って、さらに白石は動揺する。


(ちょ、何やこの体勢!つぅかかわいすぎるやろ金太郎!)


 へへ、と照れたように笑って、ぱっと固まったままの白石から身を離す。


「白石は世話焼きやな!」


 照れ隠しがバレバレのセリフを言いながら、金太郎は、ん、と右手を
 差し出した。


「ん?」

「ごみ!捨ててくる」


 左手に丸めていたティッシュを渡すと、てててとゴミ箱に向かって駆けて行く。
 小さな背中を見送って、白石はため息をついた。
 ヒューヒュー!とラブルスがここぞとばかりに囃し立てているのは無視だ。


(顔、あっつ…)


 たまらんなぁ、とつぶやく声に、金太郎の「ごみ捨ててきたでー!」という
 元気のいい声がかぶさった。





───

 財前君はたぶんあずきバーかあずきもなかを食べているはずです。
 ソフトクリーム食べよ!ってなっても「食べたい味ないし、オレはいいっすわ」と
 わが道を行く財前君(出番なし)。
 しかし…次でラスト…?!


20110729