包み込みたい
テニス部の誰もが「おや」と思った。
金太郎の白石に対する態度が軟化している。
「なぁ、何あってん」
「何が」
朝練のあと、校庭を通って同じ教室へ向かう途中、謙也がにやにやしながら
白石に問いかけた。
「何って金ちゃんやん」
「だから何やねん」
「前まで金ちゃん白石のこと怖がってたやん。苦手意識ばりばりなん見てて
分かるくらいやったのに、いつの間に仲良うなってんな」
白石は微妙な表情をした。
まんざらでもないような、でも喜べないような。
金太郎との関係が、以前に比べるとよほど良好になったことは白石自身
自覚している。
少なくとも、千歳のかげに隠れるようなことはされなくなった。
(…いや、レベル低すぎやろ。しかも謙也が見ても分かるくらい、やっぱ
怖がられてたんか)
分かっていたこととはいえ、第三者に突きつけられるとまた痛い。
しかもあの物怖じしない金太郎が白石には遠慮しているのは見え見えで
そのたびにどこか寂しい気持ちにさせられる。
寂しいってなんやねん、と心の中でつぶやいてから、白石は口を開いた。
「別に仲良くはないやろ。千歳のほうが…」
噂をすればなんとやら、か。
千歳力持ちやー!という声が後ろから聞こえた。
二人して振り返ると、両手首をこれまた両手で掴んで千歳が金太郎を持ち上げている。
「あ、危ない高い高いやな…腕抜けたらどないすんねん」
「いや金ちゃん軽いから大丈夫ちゃうか」
意外と心配性の謙也があわあわしながら言うと、なんでもない調子で白石が返す。
千歳がばんざいの体勢になると、金太郎の体がふわりと浮き上がった。
うひゃー、と楽しそうに金太郎が声を上げる。
そのまま千歳の胴に足をからませ、「手ぇはなして」と千歳に言う。言われたとおり
手を離した千歳に、金太郎がぎゅっと抱きついた。
千歳はなんら嫌がる様子も見せずされるがままになっている。
体がおおきなひとはやさしい、は千歳に当てはまっている。
小動物が動きのゆったりした大きな動物にひっついているような、微笑ましい光景だ。
千歳が抱きついている金太郎に腕を伸ばす。体格差で抱き合っているというよりは
千歳が金太郎を包み込んでいるように見える。
「あっはは、金ちゃんコアラかいな。親子のコアラや!」
かいらしなぁ、と続けた謙也だが、白石の顔を見てぎょっとした。
むすくれている。とんでもなく。
「だから言ったやろ。千歳の方が、って」
うわ、拗ねてるわ、と謙也は思った。
こんな白石の姿も珍しい。
(それもそうかもな)
謙也はどれだけこのテニス部部長があのとんでもないゴンタクレのスーパー
ルーキーに手を焼き、心をくだいているか知っている。
それなのに、当の金太郎と言えば、千歳ちとせと千歳に懐いてばかりだ。
何か通ずるものがあるのだろうな、ということは謙也にも分かる。
(ヒョウ柄タンクと鉄下駄やで。そりゃ気も合うやろ)
言い方は悪いがちょっとしたはずれ者同士だ。
テニスに関しても。
常人には到達できはしないところに二人はいる。浪速のスピードスターをもって
しても到達しえないところに。
ともかくとして、二人には共通点が多いのだ。
性格も体格も正反対だけど、そこがいいのかもしれない。
凹と凸のようにぴたりとはまるのだろう。波長が合うとでもいうのか。
(でもなぁオレもけっこ懐かれてるし…)
自慢する気はないが、謙也もそれなりに懐かれていると思っている。
いや、かなり懐かれている自信がある。
だって「謙也はワイの兄貴みたい!」やもん。
謙也としても弟分みたいなものだと思っている。とんでもないゴンタクレだが、
それを差し引いて余りある愛嬌が金太郎にはある。
(そりゃ構いたくもなるっちゅー話や)
唯一、はっきりと距離を置かれているのが白石なのは誰が見ても分かるところだ。
しかしそれは仕方のないことだと言える。
白石だけしか金太郎に言うことを聞かせられないのだ。
なだめすかし、嘘をつき、それでも駄目なら脅す、という三段方式。
もちろん脅したあとにはフォローのようにやさしくしているようだが、それで
すべてを良しとするほど金太郎は幼くないし甘くないだろう。
そして、金太郎の世話やしつけや説教や──とにかく金太郎が嫌がる要素すべてを
白石が引き受けていることになる。
いわば貧乏くじだ。
「あー…そのうち、心許してくれるって。金ちゃんも」
厳しさのありがたみが分かるようになるのは、子どもから大人になる時だ。
割と本音だったのだが、白石は無言で謙也をじろりとひとにらみして、足を教室へと
向けたのだった。
───
千金←白石じゃないです…って書いておかないといけないような気がしました。
一歩進んで二歩下がる白金…うーん。
20110712