納得がいかないこと




 部活が終わり、部室に引き上げる。
 新一年生はコートやボールの片付けが仕事だが、今日はすべて金太郎の仕事になっていた。
 白石が命じたわけではないが、朝練に出なかったこと、お説教のせいとはいえ部活に
 遅刻したことを理由に引き受けたのだ。

「おーおー、金ちゃんがんばっとるなぁ」

 扉を少しだけ開けて外の様子を覗き見した謙也が茶化した調子で言った。
 小さな体でちょこまかと動き回る様子は、ぜんまい仕掛けのおもちゃが細かく動き
 まわるような、そんな可愛らしさがある。

「今日の説教はずいぶんきいたみたいやん」

「金太郎さん、赤い目ぇしてはったもんな」

「泣かすんはやりすぎちゃうか、白石」

 部誌に今日のメニューを書き込む副部長の小石川の周りに集まりながら、レギュラーの
 3年生たちは口々に好き勝手なことを言っている。
 その様子を背中で聞きながら着替えていた白石は無視を決め込んだ。


(泣くとは思わんかった)


 それは本音だ。
 負けん気もきかん気も強い金太郎だ。簡単に涙は見せるまいと思っていたのだが。

(まだちっちゃい子どもやもんなぁ…)

 感情の起伏が激しい分、涙も制御できないのだろう。
 なにしろ、この間までランドセルをしょった小学生だったのだ。

(そんな子どもに危ない喧嘩させられるかい)


 そんな子どもに絡んで喧嘩をふっかけるやつも阿呆だ。
 しかし子どもとはいえ、金太郎には力がある。おまけに規格外の。いつ暴力沙汰の
 事件に発展してもおかしくない。
 部活動に支障が出るのはもちろん、何より金太郎に傷がつく。

 喧嘩をするなら、後始末まで完璧にできてこそだと白石は思っている。
 相手を叩きのめす。とことんまで。
 もちろん報復に来る気などなくすように徹底的にだ。
 あとはうまく立ち回って「なかったこと」にできなければ意味がない。
 金太郎はおそらく軽く「叩きのめす」ところで終わりだろう。それではダメなのだ。
 なんとかせなあかんな、と一人ごちたところで、謙也の意外そうな声が耳に入った。


「あ、千歳や…」


 千歳は九州から転校してきた、身長194センチの大男だ。とはいえ、ひょろりと
 していてどこかおっとりした彼はそこまで身長を感じさせない。威圧感がないのだ。
 いや、威圧などしようとも思っていないのだろう。
 春の新学期に合わせての転校は珍しくない、むしろ合理的なのだが、中学最終学年に
 というのは少しおかしな話だった。
 しかも彼は九州では「二翼」と呼ばれるほどの中学テニスプレイヤーだったらしい。
 それならばなおさら、2年間を過ごした学校で全国を目指すのではないだろうか。


(でも、まぁ即戦力やしな)


 勝ったモン勝ち。
 四天宝寺中学テニス部のモットーだ。そんな強いテニスプレイヤーが仲間に加わると
 いうなら文句はない。理由なども詮索しない。


「やさしいなぁ、千歳さん」

「でかいやつは気がやさしいっていうしなぁ。銀さんもそうやん」

「…む」


 どうやら千歳は一人片付けをしている金太郎を手伝っているらしい。
 学年は違えど、四天宝寺では「新人」という共通点があるふたりだ。
 ふたりともテニス部には新人と言えないほどなじんでいるように見えるが、
 あらかじめ整っている場所に新しく入って行くというのは思っている以上に
 難しいことだ。
 最初、新人は異物のようなもの。
 完全になじむまではやはり時間がかかる。
 だからあの二人の間には同期の桜、みたいなものがあるのかもしれない。
 いや、類は友を呼ぶ、だろうか。
 「才」を持つもの同士、似通うのだろうか。
 しかしテニス部の上級生をためらいなく呼び捨てにするほどの金太郎だ。
 人見知りなどせず、誰かの懐に潔く自然に入り込めてしまう。
 呼び捨てにされてなお「金ちゃん」と呼び可愛がっている3年ばかりだ。
 でも白石の目からみた金太郎は、千歳に一番なついているように見えた。


(ええよな。嫌われるようなことせんでいいやつは)


 白石は部長だ。その自覚も自負もある。
 基本的に放任主義の白石だが、締めるところは締めるべきだと思っている。
 部長とはそういうものであるし、時には憎まれ役にならなければならない。
 金太郎が一番なついているのが千歳なら、一番苦手なのは自分だろう。


「金ちゃん、お疲れさん」

「金太郎はん、タオルや」

「おおきにー」


 片づけを終わらせ、部室に入ってきた途端誰彼と金太郎に構いに行く。
 金太郎の元気がないとどこか落ち着かないようだ。
 彼はこの1ヶ月ですっかり部のムードメーカーになってしまっている。


「千歳もおおきにな、ワイの仕事やのに」

「俺も朝練出とらんけん、一緒ばい」


 大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられて、金太郎はうれしそうに笑った。

(おんなじことしても、向けられる顔はちゃうもんな)

 ふと、いじけている自分に気づいて白石ははっとなった。
 そしてアホか、と自嘲する。

(そりゃ誰だって嫌われるよりは好かれた方がいいに決まってるやん。それが
 どんな問題児でも)


 自分を納得させようと深く呼吸する。
 着替えようとロッカーに寄ってきた金太郎が、白石に気づいてぎくんと固まった。
 落ち着きなくきょろ、と視線をさまよわせる。

「ちとせも着替えるやろ?」

 うん、と頷いた千歳がのそりと動く。
 金太郎と千歳のロッカーは隣同士だ。基本的にレギュラーは学年順になっているが
 千歳は転校してきた身でロッカー的には新人扱いだ。

 金太郎はそっと千歳のかげに隠れてしまう。
 小柄な金太郎は、大きな千歳で完全に見えなくなった。
 白石と距離を置きたいのは明白だった。

(う、わ)

 あからさますぎるで、とおかしくなると同時に、ものすごく悲しくなったのは
 なぜだろう。 
 白石はため息をついた。
 体を強張らせた金太郎の姿が千歳ごしに見えるような気がした。





───

 よそよそしい白金も萌える!と思ったんですけど、あれ…。


20110709